竹本杏子さん
第二次大戦後期、日本は降伏を拒否していた。日本の降伏を促すため、連合軍は日本本土の爆撃を開始した。連合軍は1945年3月9日夜、2000トンの焼夷弾を投下し、東京の約4分の1を焼け野原にした。この大爆撃は、日本軍国主義の連合軍に対抗する意志をくじいた。記者はこのほど東京で、東京大空襲の生存者である竹本杏子さん(86)を取材した。
政府が日本を戦争に導く
――今でも東京大空襲の当日のことを覚えていますか?
竹本さん:私は1945年3月9日の当時、中学校に通っていた。妹は当日、学校で週末に催される発表会に参加する予定だった。私は彼女のリボンがかわいいと思わず、近くの大きめの商店で買ってやろうとした。午後5時半ごろ、私は自転車で外の道を走っていると、ふと空から飛行機の轟音が聞こえてきた。それから数キロ離れた工場で大きな音がし、赤い火柱が立つのが見えた。強い爆風で私は神社の壁にぶつかり、気を失った。
目が覚めると、私は自分の目が信じられなかった。周りの建物のほぼすべてが、私の目の前から消え失せてしまったのだ。
一部の人は生き延びるため、蓮池に飛び込んだ。しかし池の水は焼夷弾で沸騰し、飛び込んだ人は出てくる力を失った。
――あなたはどうして生き延びたのですか?
竹本さん:神社の木はすべて焼け焦げたが、2本の直径50センチほどの柱が倒れて空間ができた。私はこの2本の柱に救われたのだと思う。
――この戦争をどのように考えていますか?
竹本さん:私は成長し、米国人を憎まなくなった。政府が日本を戦争の道にのせ、私たちの軍人が先に戦争を発動した。私は今、永遠に戦争に見舞われないことを願うばかりだ。
戦争の恐ろしさを知らない安倍氏
――安倍首相は現在、安保関連法案を強行採決しようとしているが、これを懸念していますか?
竹本さん:日本国内で起きているすべてのことに強く懸念している。今の日本人が受けている教育は、70年前の災いの前に日本人が受けていた、いびつな教育にやや似ていると感じるほどだ。
教科書は私たちのファシスト政権が70年前に発動した、アジア全体に深刻な災いをもたらした戦争をあっさりと描写するだけだ。さらにはアジアの隣国に侵略戦争を発動したことさえ否定し、日本軍が戦時中に他国にどれほどひどいことをしていたかを教えていない。
特に多くの若者は戦争を経験しておらず、日本が歴史上、隣国に何をしたかを知らない。
――安倍首相は戦争の恐ろしさを知らないと思いますか?
竹本さん:私は一般人として、平和を願うばかりだ。安倍首相のような戦後生まれは、戦争が何を意味しているかを知らない。若者は映画でしか戦争を知らない。ただ私は彼らに対して、戦争がどれほど恐ろしいかを伝えなければならない。
間違いを認めない人と仲良く付き合い、友人になれると信じる理由があるだろうか。安倍首相は自分の政治の前途のため、アジアの隣国の感情を傷つけている。これは私が特に言いたいことだ。
政府は政治のお遊びをしている。これは日本とアジア諸国の関係改善にとって不利だ。平和憲法を破壊し、日本を戦争の深淵に引きずり込めば、安倍首相は日本の罪人になるだろう。